蜷川幸雄・演出 小栗旬・主演『カリギュラ』Bunkamuraシアターコクーン [2007年11月22日(木)]
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みなさん、『情熱大陸』はご覧になりましたか?
私が覚えている限りで前後編に渡って放送されたのは彼が初めてですから、番組史上でもかなり珍しいことだったのではないでしょうか。 それくらい彼がいま旬だということですし、それだけ彼が働いているということなんだと思います。 というわけで、かの番組でも取り上げられていたカミュ原作の『カリギュラ』です。 ![]() このポスターも、貼り出された直後から話題騒然でしたねぇ。 しかし、舞台はもっともっと力強くて衝撃的なインパクトに満ちておりました。 『情熱大陸』をご覧になったかたは何となくわかると思いますが、とにかくこの『カリギュラ』、セリフが膨大な上に難解、しかも大きなストーリー展開がない(吉田鋼太郎さんもおっしゃってましたが)という、かなり役者にとってキツイ作品。 なんといっても、世の不条理に絶望し、不条理の限りを尽くしてこの世の真実に近づこうとする若い権力者(それがカリギュラ)の物語、ですからね。 この世に起こることすべてが条理だという不条理。 この世のすべての物が重要であるならば、すべての物が重要でなくなるという真理。 突き詰めていけばいくほどに、真実の迷路に迷い込んでしまう答えのない命題を、カリギュラは延々と問い掛け続ける。 哲学的な内容なのであります。 ストーリーは、ローマ帝国の若き皇帝・カリギュラが、愛する妹の不条理な死に直面し、絶望して失踪する場面から始まる。 重臣たちが心配するなか、屋敷に戻ってきたカリギュラは、誰彼なく人を殺し財産を奪い、女を辱めるという不条理の限りを尽くすようになる。 彼を理解する忠臣・エリコン(横田栄司)、彼を愛する・セゾニア(若村麻由美)、彼に父を殺されながらも彼を受入れようとするシピオン(勝地涼)、そして自らの信念に基づき彼を批判するケレア(長谷川博己)。 次々とエスカレートするカリギュラの残虐非道行為がやがてーー。 とにかく小栗さんの演じるカリギュラは、全身で怒り、全身で絶望していた。 カリギュラの殺戮行為は狂気とされているけれど、小栗さんのカリギュラは狂ってはいない。むしろ、狂おうにも狂えない自分を持て余しているかのよう。 狂ってしまえば、この不条理な現実に堪えられたのかもしれない、が、彼は狂うことができないからこそ、不条理に怒り絶望する。 むしろカリギュラは冷静すぎるほど冷静なように見えた。 不条理の限りを尽くすということはむしろ、不条理な現実が条理になることで、受入れがたい不条理な現実を受入れようとすること。 そんなふうにしか不条理な悲しみを受入れることができない、カリギュラの純粋さは痛々しいほどだ。 勝地さん演じるシピオンが、カリギュラを憎んでも憎み切れないのは、彼のそんな純粋さが通じ合うからだ。 たとえ向かうベクトルがまったく逆の方向であったとしても、根底の部分に持っているものは同じ純粋なもの。 カリギュラもシピオンも、受入れがたい現実を前に生きるには、純粋でいる選択肢しかない2人なのだ。 とにかく小栗さんの痛々しいまでの暴走に、勝地さんの真っ直ぐさが際立つ。 こんなに上手な役者さんだったんだなーとしみじみ。 長谷川さんも理知的な感じが滲み出ていて好演。 横田さんのひねくれ加減もよく、全員がいいバランスで向き合っていた舞台でした。 とにかく難解な作品であるにも関わらず、全員がこの作品の本質をしっかりと受け止めて演じていたことに驚きと同時にちょっと尊敬。 ああ、なんかいいもん観たな。 あ、でもひとつだけ。セリフで構成されたこの作品。小栗さんのセリフがこもって聞こえないところがあったのが残念。 ハキハキと話す必要もないけれど、勢いに流してしまわないほうがいいかも。 『カリギュラ』は、11月30日(金)までBunkamuraシアターコクーンにて上演。 HP:http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/07_caligula/index.html |




←今回のパンフも、雑誌的な企画モノの構成が凝ってて面白かったです。パンフの内容って重要だと思うんですよ。観客がお金出して買うものだから、買って帰りの電車で楽しめるものじゃないと。

