雑誌の取材などでも長塚さんが話していた通り、これまでの阿佐ケ谷スパイダースとは大きく違った作風のお芝居でした。
これまでは、悲惨な物語のなかに生きていくことの切なさを滲ませたドラマティックな作品が多かったのですが、今作は大きな事件は何も起らず、淡々と進んでいく会話劇。
舞台には、電灯とベンチがひとつ。
その周りには溝があり、落ち葉が敷き詰められている。
左右そして舞台奥に壁があり、木のドアがある、野外のようでもあり、室内のようでもある不思議な空間でした。
このセットを観て、エドワード・オールビーの『動物園物語』みたいだな、と思ったら、後半にこの作品について語る場面が。
『動物園物語』へのオマージュと言ってしまっていいのかわからないけれど、間違いなく創作の根っこにあったんでしょうね。
この戯曲は、オールビーのなかでも初期の作品で、いわゆる“不条理劇”と呼ばれる作品。
まあ、じゃあ不条理劇ってなんだ?ってことになるんですが、言ってしまえば、物事はすべてに因果関係がある訳ではなく、不条理な出来事もいっぱいある、というようなことをとりとめなく淡々と描いた芝居。
誤解を怖れずに言うと、物語に起承転結がなく、“クライマックス”もいわゆる“オチ”的な展開がない訳です。
これまでドラマティックな芝居を書いてきた長塚さんが、不条理劇を書くってことで、幕が開けてから賛否両論さまざま。
確かに、長塚さん的な世界観を求めて劇場に足を運んだ人は、肩透かしを喰う内容ですよね。
でも、先日『日経WOMAN』で長塚さんを取材したとき話していたのは、
「いわゆる阿佐スパ劇場みたいになってしまうのはつまらない、根ざしているものは変わらないけれど、時代は変わるし自分もかわる。変わることにビクビクせずにいたい」
というようなことでした。
観客が求めているものを作って出す、のではなく、もっともっと自身のいろんな表現方法、自身のいろんな可能性を試しているのだな、と思った次第。
それゆえに、私個人としては、この長塚さんの挑戦を頭から否定する気にはならんです。
早い段階から注目をされて、人気をともなって大きくなってしまった人だけど、じつはまだまだ年齢的にも若手、なんですもんねー。
いまから作風を自分で決め込んでしまってはつまらんですよ。